家族・親戚は教員が多くて、小さい頃は教員になるだろうと思っていましたが、経営者の子どものたくさんいる東京の高校にたまたま入ったんです。高校・大学時代、同級生の家庭やバイト先の料理屋などに刺激を受けて、商売をしたいと思うようになりました。大学卒業後、将来独立をするつもりで、製造問屋に就職しました。そこの社長に「1年間やったら季節的なローテーションが分かるから、早く自分の店を出したほうがいい」と言われて、1年半ほど勉強をさせてもらって独立しました。軌道に乗るまでの3年くらいは大変でしたが、諦めずに続けて良かったです。
昔から野球に特化したスポーツ用品店だったのですか?
昔はオールラウンドでいろんなスポーツを扱っていましたが、大型店が出てきたときに、野球に特化しました。以前から野球用品が6割以上を占めていましたし、野球のグラブのオーバーホール(再生)では全国区になっていましたので、野球用品専門店への転換はしやすかったです。大型店の影響で、一時的に売り上げは落ちました。でも中学生・高校生になってこだわりを持つようになると、大型店では対応できなくなり、専門店に来てくれるので、落ち込みが続くことはありませんでした。
グラブの再生では、洗浄して、修理して、染色をします。紐が切れた、破けたというだけなら修理を行っている専門店もありますが、この再生の技術を持っているのはおそらく当社だけです。だから全国から注文があります。物に対する思い入れを大事にするのは、日本特有のものでしょうね。海外ではこの技術・商売は受け入れられないでしょう。最初は畳2畳分くらいのスペースに古いミシンを置いて、私ひとりでやっていました。当時、小学5年になった息子が野球を始めたので、この再生の技術を磨くことができました。息子が野球をやっていなかったら、この技術は生まれなかったでしょうね。その息子も昨年の秋、日本一となった大学野球を終え、今春大学を卒業します。現在は当社取引先の各野球チームから依頼を受け、野球の指導もしています。
今後、指導とともにグラブ再生の代理店を各県1つずつ置こうかと考えています。現に、全国のスポーツ用品店さんから、問屋さんやメーカーさんを通じて、「オーバーホールをやりたい」と打診されることがあります。物販だけよりも、お客様に応えられ、喜ばれるこのようなサービスを売りにしたほうが良いのでしょうね。将来的には、この技術を伝えられる仕組みを考えたいですね。